I live on texts I have yet to read.

 

第二回は海の日にちなんで「南洋、海、わたし」をテーマとし、奥誠之の選書により、上間陽子の「海をあげる」と寺尾紗穂の「南洋と私」の読書会とした。参加者は11人。第一回は人数を制限しなかったため、発言が難しい人数(18人)になってしまったことを反省し、第二回は12人を上限として、参加の呼びかけはあまり行わなかった。

参加者には事前に、二冊のうちどちらか一冊だけでも構わないので読んできてもらうこと、その中から気になった箇所を抜粋し、読書会中に読んでもらうことを伝えてあった。結果としてより読みやすい文調の「海をあげる」を読んだ人数が多く、読書会の前半は「海をあげる」を、10分の休憩を挟んだ後に「南洋と私」を、読んでいない人に向けて紹介するような形で読み合わせた。「参加者がどのようなことを学びたいかということより先に、本に対して出てくる言葉をまず聞きたい」という奥の意見で、最初に参加者の自己紹介は行われずに、中間休憩後に改めて自己紹介が行われた。

奥は二冊を選んだ理由として「パレスチナについて考えるうちに、植民地主義について考えざるを得なくなり、自分の元々の関心に引きつけて沖縄や南洋についての本を選んだ。海と言えば色々な楽しい出来事が思い浮かぶが、政治的・社会的なことと、両方一緒に語りたいと思った。」と述べた。政治的・社会的なことだけを語りたいと述べなかったことは、一見楽観的にも聞こえるが、両側面を同時に語ることで、ケアしている人が楽しみ、楽しんでいる人をケアに引き込むことができる、という狙いを感じた。

初めに朗読をしたSさんは「知識が得たいというよりも、ここに集まった人との繋がりができることによって、何かができるのではないか。」と語った。奥も「色んな経験を語っているエッセイ調の本に影響を受けつつも、共感できるかどうかという読書体験に閉じず、その後のアクションに繋げていかなくてはいけないと思った」と述べていたが、その姿勢は「海をあげる」の上間さんの姿勢に繋がっている。「海」は文字通り沖縄の海であり、同時に人々が享受する様々な事柄のメタファーである。不思議なタイトルについて書かれた「海をあげる」の最後の一段落を朗読した人が複数いた。

私は静かな部屋でこれを読んでいるあなたにあげる。私は電車でこれを読んでいるあなたにあげる。私は川のほとりでこれを読んでいるあなたにあげる。この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに、海をあげる。(上間陽子『海をあげる』(筑摩書房、2020年)、241頁。)

前回の勉強会では、難民の移動に人の欲望を見ることが微かな希望であったが、本当に追い詰められた人は欲望が長続きしないという記述に私自身は打ちのめされた。

お店でなにかを食べようと思って買い求めても、七海はいま、それを食べることができない。食べ物を捨てるガサガサというゴミ袋の音がするなか、七海の欲望が、いまはもうほんのわずかな時間も持続しないのだと思い知り、それでもなにもできずに七海のそばにいる。(『海をあげる』、181頁。)

学術的であることと実践的であることの間で揺れる二冊の本を読みながら、それぞれの分野での葛藤について話が及んだ。量的調査ではなく質的調査である二冊には、誰がいつどこでどのように取材したかが顕著に現れる。同じテーマで論文を書いてもこぼれ落ちるものがあるとTさんは語り、アカデミズムのメタ的な視点に対する上間さんの抵抗に共感した。

(米兵の強姦事件への)抗議集会が終わったころ、指導教官のひとりだった大学教員に、「すごいね、沖縄。抗議集会に行けばよかった。」と話しかけられた。「行けばよかった」という言葉の意味がわからず、「行けばよかった?」と、私は彼に問いかえした。彼は、「いやあ、ちょっとすごいよね、八万五〇〇〇は。怒りのパワーを感じにその会場にいたかった」と答えた。

(『海をあげる』、234頁。)

目の前で起こっていないことへの当事者性の意識について話題は繋がる。当事者ではない場所への想像力を働かせる専門家としての建築家である、自分の仕事を想う。例えばOさんは、沖縄ということで言えば自分は(上間さんより)当事者ではないが、育てている娘にどんなことを伝えようか考えているということは同じであり、当事者であることと非当事者であることは単純な話じゃない、と語った。Nさんが朗読した以下の文章は、当事者/非当事者の葛藤を明確に浮かび上がらせる。

近所の小学生と立ち話をしているとき、私たちのちょうど真上をパイロットの顔が見えるほどの近さで軍機が飛んだ。軍機が飛び去ったあと、「びっくりした!うるさいね!」と私が怒ると、「うるさくない!」と小学生は大きな声で即答した。その子の父親が基地で働いていることを、あとになって私は知った。(『海をあげる』、237頁。)

入間基地の近くに住むYさんは、軍機の飛ぶ沖縄に住む第二次世界大戦の生存者は「終わっていない戦争をずっと生きているように感じていたのではないか」と想像する。Sさんは、加害側という意味では自分も沖縄の当事者である、と述べる。Oさんの「植民地支配側は加害性を内面化してしまい、支配される側も加害側の主体性を内面化してしまう」という指摘は「南洋と私」の以下のような文章に現れる。

「サイパンの悲劇」と言われるように、日本はサイパン戦で甚大な被害を出した。在留邦人の四人に一人が自決し、戦後バンザイクリフの名が知られた。戦死者も米軍の七倍近くにのぼった。サイパン戦に負けた、そこでの平和な暮らしを失った、そういった被害の感覚が日本人には強いと言えるのかもしれない。しかし、そこがもともとは誰の土地で、日本人のほかに誰が傷つき、誰が亡くなっていき、その後のサイパンを誰がどうやって生き抜いていったのか、といったことには、現在に至るまで日本ではほとんど関心を持たれなかった。おそらくはそうした意識や態度の日本の友人たちに対して、ブランコさんは困惑しているのだ。日本式教育で育ち、日本の学校を出て、日本の企業に勤めた、いわば日本人とチャモロ人、日本とサイパンの狭間に立った人間として、困惑しながら憤慨しているのだ。「勝手なことだよね、ごめんなさいね」と日本人がよくするように最大限に遠慮しながら。(寺尾紗穂『南洋と私』(リトル・モア、2015年/文庫版:中央公論新社、2019年)、文庫版166頁。)

「南洋と私」では一人の人の中に複雑に織り込まれた加害者性と被害者性を見つけることで、「南洋は親日的」という言説に疑問を投げかける寺尾さんの姿勢があった。一方で旅人のように取材をする寺尾さんは、他人の心の傷に不意に触れそうになることがあり、読んでいて少し危なっかしく感じることもあるが、寺尾さんにしか聞き出せない言葉があったように感じた。

 とたんに美和子さんの視線が鋭くなった。

「だけどそれ、みんな書くんですか?」

 触れられたくない、かさぶたのようなもの。私の質問は、それを剥がそうとしているのだろうか。(『南洋と私』、文庫版203頁。)

抗議活動に取り組む奥は、当事者への聞き取りも重要であると思いつつ、当事者の傷に触れることを考えると、「自分は自分のままで怒れることが本当にたくさんある」から、声をあげる方を優先してきたと語る。一方でより抗議を広げていくには、実践を続けてきた人や実践をしていない人の声を聞くことの必要性も感じている。上間さんと寺尾さんは執筆活動の他にも活動(「お庭」/「りんりんふぇす」など)をしていることも大きな特徴だと奥は述べつつ、研究者だったら本を出して、絵描きだったら展示をしてということではないルートを考えていくことの大事さを語る。「慣れない言葉と出会っていかないと、結局私たちは加害の場から立ち退くことはできないのではないか。被害の傷を想像することが一番重要であり、加害することの悪さを指摘していかないともう加害は止められないのではないかと思う。」と奥は話した。

複数の参加者が、自分に不利益をもたらす正義の難しさについて語った。父親が基地で働く小学生の話のように、受け入れることが難しい正義がある。奥と私が昨年作っていた展示「homemaking」で参考にしていた政治哲学者アイリス・マリオン・ヤングの『正義への責任』(岡野八代・池田直子訳)の序文に寄せられた以下の文章は、この葛藤に一つの答えを差し出しているように感じた。

わたしたちの時間とエネルギーは、直接的な相互行為からなる関係性から生まれてくる要求に応じるために使い切られてしまう。ここでヤングはレヴィナスに依拠しつつ、つぎのように主張する。「すべての他者は、ニーズと欲望の場として誰にも還元できず、ユニークなのだ」と。だから、わたしたちは、近くにいるひとの利害関心を遠くにいる人のそれと秤にかける倫理的な要請を避けることはできない。たとえ、最初からわたしたちがそうした倫理的な存在ではないにせよ、である。わたしたちが、自分自身を大切にしなければならないと同時に、遠くにいる個人の「潜在的には無限の」要求にも応えるべきだとすれば、道徳生活には、「還元不能の、悲劇的ですらある緊張」が存在する。わたしたちが考えるべきなのは、わたしたちは決して十分に、自分自身の倫理的責任を果たすことができない、ということである。責任をめぐるアンバランスは、決して均衡することはない。しかし、わたしたちは、そうした説明を口実に、遠く離れた人びとに関心を向けることを止めてしまってはならない。遠くにいるひとと近くにいるひとのこの緊張を和らげる方法のひとつは、グローバルな正義のためになる仕事を分有したいと願っている人びとに協力を求めることである。そうすることで、「他者に個人的に応答するために費やすわたしたちの注意やエネルギーは、同時に、正義を実現するための政治的責任に費やされる注意やエネルギーとなるのだ。」(アイリス・マリオン・ヤング『正義への責任』岡野八代・池田直子訳(岩波書店、2022年)、xxv頁。)

机の上で生まれた理論が、現実の社会に存在する葛藤を通り抜けて(Tさんの言葉を借りれば)本当の普遍性を獲得していくのは、アカデミズムの中ではなく、生活の中なのかもしれない。世界の美しさや他者と触れ合う楽しさを享受する時、そこにある痛みも同時に受け取る。その痛みを無視したまま、美しさや楽しさを受け取ることはできない。他者と生きる中でどうしても生まれてしまう小さな譲歩(Hさんの言葉)は、誰のための譲歩であるべきなのか。自らの利害関心を越えて、他者と生きていく術を考えていきたい。

(議事録作成:佐藤熊弥)